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  • 2015年

ザ・シンフォニー初の映画会と日野原重明先生&ベー・チェチョルさん&一色信彦先生によるトーク&演奏会

ザ・シンフォニーホールで開かれた日野原重明先生プロデュースの「奇跡の歌声に乗せて 第2弾 日野原重明トーク&ベー・チェチョル演奏会」。韓国出身のテノール歌手、ベー・チェチョルさんと、国境を越えて彼を応援する日野原先生、一色先生、輪嶋氏が舞台で顔を揃えた

何という103歳なのだろうか。命の重さ、平和の大切さを滔々と訴え、甲状腺がんから復帰した“奇跡のテノール”ベー・チェチョルさんが歌いだすと、立ち上がって両手を大きく振り上げ、指揮を執りだす。3階までぎっしりと埋まったザ・シンフォニーホールはどよめきに沸き、嵐のような拍手が鳴り止まなかった…。

ヴォイス・ファクトリイ株式会社とともにザ・シンフォニーホールが主催、滋慶学園グループが協力する「日野原重明プロデュース『奇跡の歌声に乗せて 第2弾 日野原重明トーク&ベー・チェチョル演奏会』」の大阪公演が8月4日(火)午後2時から、大阪市福島区のザ・シンフォニーホールで開かれました。

滋慶学園グループの浮舟邦彦総長とともに長年、医療秘書教育に携わり、命の尊さ、人間愛、そして世界平和を望んできた日野原先生の思いが戦後70年、日韓国交正常化50周年の年に、韓国出身のベー・チェチョルさんとの競演という形で実現したもので、会場のザ・シンフォニーホールは年配のお客様を中心に3階までぎっしりと埋まりました。

この日も日野原プロデュースはサプライズの連続。炎天下からホール内に入るとそこは別世界のような涼しさ。正面には天井から4本のワイヤーで吊り下げられた巨大なスクリーンが鎮座していました。

ザ・シンフォニーホール初の上映となった日韓合作映画「ザ・テノール 真実の歌声」の1シーン
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第一部は、ベー・チェチョルさんの半生を描いた日韓合作映画「ザ・テノール 真実の歌声」(ユ・ジテさん、伊勢谷友介さんら出演)が上映されました。ザ・シンフォニーホールでの初の映画上映であり、同ホールにとっての新たな挑戦でもあります。

ヨーロッパでの栄光の舞台から甲状腺がんで声を失い、失意のどん底へ。そこから当時77歳だった京都大学医学部名誉教授、一色信彦先生による奇跡的な声帯機能回復手術によって再び声を取り戻し、舞台に復帰するユ・ジテさん演じるベー・チェチョルさん。クラシック界の複雑な人間模様や音楽プロデューサー(伊勢谷さん)との国境を越えた友情、家族や大勢のファンの愛などを絡ませながら、圧倒的な映像と映画館を上回るすばらしい音響によるザ・シンフォニーホールでの“フィルムコンサート”が2時間余りにわたって展開されました。

迫真の映像から繰り出される主人公や取り巻く人々の悲しみと喜びは、スクリーンをくいるように見つめて寂(せき)として声のない観客席に深く静かに伝わり、映画のエンディングシーンが来ると、割れんばかりの拍手となっていました。そしてあちらこちらでハンカチを手にするお客様の姿が見受けられました。

その拍手が鳴り止まない内に、舞台の袖から本物のベー・チェチョルさんが登場、アメージンググレースを静かに歌い始めると、片肺が機能せず、手探りで音の高低を探ってもがいていた映画の中のベーさんの姿が重なって、感動は最高潮に。心憎い演出に、見るものすべてが“奇跡の声”に引き込まれていきました。

「戦争は人を鬼にするんですよ」 終戦から70年 日野原先生、平和の大切さ訴える

休憩後の第2部は、トークショーと演奏会。映画にもう一人の主役として登場した司会の音楽プロデューサー、輪嶋東太郎氏が「もう一つの奇跡です」と紹介すると、先ほどまで車イスに乗っていた日野原先生が舞台中央へゆっくりと歩み出てきました。「えっ、杖もったらあへん!」。会場から驚きの声がもれる中、白い夏服をまとった日野原先生が右手を高く挙げ、身をかがめて会場を包み込むように動かすと、その可愛いしぐさに会場からドッと歓声と笑い声が湧き起こりました。日野原先生の一挙手一投足は、この日のお客様にとって“宝もの”だったのです。

「何を話そうかと迷いましたが、戦争を体験したものとして、命とは、平和とは何かということについてお話しようと思うんです」と語りだした日野原先生は、軍医時代のことや、子どもたちに行っている「命の授業」、45年前にハイジャックされたよど号に乗っていた時のことなど、命の重さについて語り、自分も医者として実験に近いことはやってきたが、戦時中に満州で行われた生物兵器による人体実験は許せないと怒りの矛先を向けました。

「戦争は人間を鬼にするんですよ、アメリカだって原子爆弾を落としたでしょ、だから二度と戦争はいけないんです」。「平和とは恕(ゆる)すということです。恕しあわなければいけないんですよ」。重みのある言葉だが、その口調としぐさはやんちゃな子どものようでもあり、時に会場をシーンとさせ、時にドッと笑いを誘って、まさに日野原ワールド一色となりました。

途中で、声帯回復手術を行なった医師として映画に登場し、現在も現役医師を務める84歳の一色先生がトークに加わりました。「失敗したら先生の名誉に傷がつく」という周囲の反対を押し切って手術を引き受けたのは、「医師として困っている人を放って置けなかったからです」と、少し映画のシーンとは違う心境を吐露。手術の何が難しかったかについても、声帯神経の複雑さやベーさんの声帯の特殊な障害などについても、素人にも分かるように易しい言い回しで解説、日野原先生に負けず劣らぬ大きな拍手を浴びていました。

日韓国交正常化50周年 ベー・チェチョルさん国境を越えて愛・平和の賛歌を歌う

最後に、日本の医学と日本の人たちの応援で歌手として甦ったベーさんが、今年の韓国の終戦記念日(独立記念日・光復節)で国歌を歌うことや、日本で成功した映画「ザ・テノール」が9月17日から韓国の劇場でも上映されること、さらにザ・シンフォニーホールでの日野原プロデュース第3弾公演が来年の1月19日に決まったことが、輪嶋氏から報告されました。ベーさんは、まさに日韓をつなぐ架け橋だとの紹介を受けて、ベーさんが「ユー・レイズ・ミー・アップ」「君と旅立とう」の2曲を演奏。アンコールでオリジナルの新曲「花に眠れ」と日野原先生が20年前にホスピスのために作詞・作曲した「愛の歌」を歌い上げました。

自ら作詞作曲した「愛の歌」が始まると、日野原先生は両手で”指揮”をとり始めた

ラストソング、「愛の歌」が始まると日野原先生は輪嶋さんの助けを借りて立ち上がり、ベーさんの1歩後ろで両手を振り上げて“指揮”をとり出しました。その姿に会場はどよめき拍手が起こり、すべての演奏が終わり、ベーさんが日野原先生、続いて一色先生と、それぞれに抱きつき、抱き合うと、互いを慈しむ姿に会場は感極まった雰囲気に包まれ、いつまでも拍手が鳴り止みませんでした。

この日の会場は、日野原先生が「80歳以上の方は手を上げて」というと、数十人の人が手を挙げたように、かなりの高齢者の方々がお見えになっていました。終演後、満員のエレベーターに乗れなかった大勢の高齢とおぼしき方々が日野原先生から元気をもらわれたのでしょうか、エレベーターを待つようにという家族の心配をよそに、助けを借りずに階段の手すりを持ちながら懸命に一歩一歩、階段を下りられる姿が次々と見受けられ、とても印象的でした。

暑い中、沢山の皆さまにご来場頂き、ありがとうございました。

なお、日野原重明先生プロデュースの「奇跡の歌声に乗せて 第2弾 日野原重明トーク&ベー・チェチョル演奏会」(滋慶学園グループ協力)の東京公演が8月7日(金)午後1時半から、東京オペラシティコンサートホールで開催されます。

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